2001年12月1日〜10日の日記

2001年12月1日

もう退院

祝☆
初退院!!!

もう退院。たった1泊2日入院しただけなのに、なんだか長年ここにいたような気分だよ。
看護婦さん、みんなすご〜く優しかったしなぁ。。。
っていうか、じっとしていられない私にとってこの2日は一週間くらいに感じた*


とりあえず退院して家に帰ってきたんだけれど、しばらく運動は禁止。ちょっと走るだけでも禁止だし、何十分か歩くのも禁止。え?それじゃあ仕事に行けないじゃん!?!?
お医者さんに聞いたところ、仕事については難しい顔をされた。
ちぇ〜っ。じっとしてるのつまんないな〜〜〜。
飛び回りたい気分だけど、後のことを考えてじっとしていよう。
じ〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。
はぁ。

もう1時間くらい経った?え?3分???


一つ気になるのは、お医者さんがおっしゃるに、私のガンは再発する可能性が高いということ。
やっぱりしばらく、本当にじっとしていよう。再発したら、また焼いて煙でも出すさ♪


2001年12月2日
雪だるま

今日は身動きがとれないので、お裁縫をしたよ☆
妹がデザインして、私が作ったの。
そしたらこんなにカワイイ作品ができたよ♪♪♪
クリスマスの壁掛け。靴下の形を作って、そこに雪だるまを付けたの。カワイイでしょう?
この雪だるまの目や口、それにハートのボタンは、刺繍した。
カワイイ〜〜〜〜〜♪♪♪
我ながら天才☆★
またカワイイ作品作っちゃおっと♪

お裁縫って楽しいよね。
これは50cmくらいの作品なんだけど、今度はもっと大きな作品を作りたいな〜〜〜〜〜@@@
そんな事を考えつつも、面倒くさいのできっと作らないだろうと思う平せゆかであった。
でも、あとしばらく動けないから、また何か作ろうかな〜。


2001年12月3日

カキ鍋!

今日はカキ鍋!
ニュルニュルカキが超美味しい☆
小さい頃、カキって食べられなかったんだよね〜〜〜。それが今では大好きさ♪
そうそう、私食べられないものが何もないの。
今まで唯一食べられないものが「ザーサイ」だったんだけど、遂に克服したので、もう嫌いな食べ物は一つも無い。
食べず嫌いって、損だよ?カキも美味しい♪最高さっ☆★


2001年12月4日
心細い時

今動いてはいけない時期なので、私はずーっとホームページの更新ネタを作ったり、脚本を書いたりして1日を過ごしている。
こんなにゆっくりしたのは、本当に久しぶりだな〜。
でもさ、ゆっくりすればこそ色々考えてしまって突然心細くなったりするんだよね。
まぁ大丈夫さ、こんな時は友人にいただいたお守りを、隣りに置いておこう。

私は神様というものの存在を信じていない。
でも、人の願いは叶うと思う。
友人はわざわざ遠くまで足を向けてお守りを買ってきてくれた。
友人の思いに、私は支えられている。

神様という存在が本当にあるのだとしたら、それは自分自身の中に存在するのだと思う。だとしたら、私の中の神様はきっと私のことを好きになってくれる。


2001年12月5日

食べかけた


  テーブルの上にチョコレートがあったので、
  食べようと思ったの。
  チョコ大好きなんだもん♪♪♪



  チョコのいいところ。
  甘いところ。
  舌触りがトロ〜リなところ。
  そしてこの艶、香り。


しかし
食べようとして驚いた!




 鏡かよ!!!





どうやら妹が買ってきたらしい。妹もオツなものを買ってきやがる。(=3=)〜♪


2001年12月6日
階段のパフーとケーキ♪

いつも走り回っているパフーは、家の階段が大好き。 ドタドタ登ってドスドス下る。よく、オモチャを引きずりながら駆け回っているの。
なんか夜中に一人(一匹)で興奮して走り回っているときがあるんだけど、それはもうかなりうるさい。

さあ大好きな階段でいくらでも遊んでくれ!
私もオモチャを投げてあげるよ。思う存分遊んでくれ!!!投げたオモチャをちゃ〜んと取ってくるところが可愛いんだけどさ☆
でもさ、こんなに背骨をくねくね動かして、ヘルニアとかにならないのかなぁ?



それから今日はケーキ食べちった☆★
とろける甘さが美味しい〜〜〜〜〜♪

問題です。
ケーキは4つあったんだけど、私はいくつ食べたでしょう?

答え。
1つじゃ。今「4つ!」って思った人いるでしょ。ふふふ、ひっかかったな。家は4人家族なので、ケーキ4つなのさ♪


2001年12月7日
あっ!これは!

今日はまた母と病院へ行ったよ。
手術後の陰部の治りは順調らしく、私はほっと胸をなでおろした。


病院行くたびに思うんだけどさ、お医者さんや看護婦さんの存在って、患者にとってとても大きい。私が掛かっている病院の先生や看護婦さんは本当にいい人ばかりで、いつも「大丈夫だよ。」とか、「今日はどうですか?」とか声をかけてくれるの。
手術当日(11/30)なんかは「あなたレーザー手術のかたですね?手術は初めてなんですよね、怖くないですから大丈夫ですよ。」と、通りすがりに声をかけてくれたの。手術中手を握ってくれたし。
私は本当に、優しい先生や看護婦さんに会えて良かった。
そして私も、そういう気遣いをできる人になりたいと思った。


さて病院を出て、母と蕎麦屋さんに入った。
そこで私は、とても懐かしいものを発見した。
占い機。
本当に懐かしい〜〜〜〜〜〜〜!まだあるんだね、こういう商品って。幼い頃よく飲食店で見かけたよな〜〜〜〜〜〜〜。
私はこの占いってやったこと無いんだけど、やる人いるのかなぁ。
あ、いるから置いてあるんだよね。
一体どうやって占うんだろう・・・・・?
やってみれば良かった。


2001年12月8日

裸祭り

昨日「zurumuke!」をリニューアルオープンしたんだけど、とっても好評なの。
今回のリニューアルには友人が力をかしてくれたんだけど、
ページ作るの協力してくれた友人に感謝!!!
今までの私の雰囲気を壊さないで、より素敵なページを作ってくれた。
本当にありがとう!友人よ!!!
それから今回私の「告白」や「日記」を読んで下さった皆さんから、
いっぱい励まして貰いました。本当にになさん、ありがとう!!!
私はたくさんの方に支えられて、今まで以上に元気いっぱいです。

それから、リニューアル当日1日で、なんと417人の人が
「zurumuke!」を見に来てくれたということが分かりました。
これには私もビックリ。あなたもビックリ。
あ、でもさ、初日ということでいっぱい確認したりしたので、
内80件くらいは私と友人のカウントだと思う。
(当初、カウンター表示の設置にミスが見つかって、違う数が表示されていました。
アクセス解析の数字と、表示の数字が合わなかったのだ。
だけどちゃんと表示ミスが発見できて良かったよ。
しばらくテスト的にカウンターをチェックしてみます。)



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それから!!!
今日は裸祭りに行ったよ@@@


裸男がたくさん@@@@@
私は目を丸くして見ていた。
いえね、別に「目を丸く」したのは
裸男見て興奮したからじゃないの。
あまりに寒かったので、裸男達の勇気に
ビックリしたのだよ。
だって、私この12月の寒空の下で、脱げない。。。


さて、裸男達は裸になる前にやる事がある。それは、大量の酒を飲むこと。
その宴会場は女人禁制なので私は入ることができなかったが、聞いた話では、
やかんの中に酒を入れて暖めて、それを紙コップでグビグビ飲むんだそうな。
それで酔っぱらって調子がついたところで、裸で出陣するらしい。


それで、この後身震いする事態となった。
裸男達は一斉に
川に飛び込んだ。

←写真見て、分かる!?!?
酒を飲みまくった男達は、勢いにつられて
川の中でバシャバシャしていた。
それからお札のようなものを長良川に流していた。


川に飛び込んだ勇気有る裸男に
「お酒飲んでるから寒くないんですか?」
と聞いたら、
「12月の川をなめちゃいけないぜ。」
というイキな言葉が返ってきた。
なんか、めちゃくちゃ寒かったらしい。
そりゃそうか!


裸男達が集う神社の片隅に、たいへん面白い看板を発見した。

裸男による被害は
責任が負えないから
注意下さい

結構ラフな言い回しなのね♪


今日は久しぶりの外出で、すっごく嬉しかったよ♪♪♪
でもはしゃぎすぎた!痛い*無茶しないように気を付けよ〜っと。


■追伸。
裸男たちのふんどしについて。
ふんどしペラッペラ。
川に飛び込んだ後、ふんどしがまとわりついて気持ち悪かったら悪しく、
一人のおじさんが、ふんどしの横っちょからボリボリいちもつをかいていた。
っていうか、年頃の乙女があなたの目の前にいるんですけど。
私はしおらしく、目線をそらしてあげた。


2001年12月9日
読み合わせ










今日、4月の舞台ザ★シャカリキホチキスの合同公演の脚本の読み合わせが始まった。
総勢約40名。部屋の中は妙にムンムン熱々。やっぱ大勢だと楽しいね〜〜〜♪♪♪


それからシャカリキメンバーと冬の風物詩、チゲ鍋を食べに言ったよ☆★
辛さがちょうど良くて、すっごく美味しかった。
みんなの箸が止まっても、私の箸は止まらなかった。
「ゆかちゃんが大食いなのが分かった。」と言われた。
あれ?知らなかった?私結構食べるのよ。
そのうち成長する、その日の為に・・・・・♪
(=3=)うふ♪ボインボイン☆


2001年12月10日

ガンになって辛かったこと

書こうかどうしようか迷ったんだけど、今日は私がガンになって辛かった事を書こうと思う。それは、3日前(12/7)のこと。


■■■■■12月7日の出来事■■■■■
12月7日、私はとある皮膚科に行った。安静にしてなくちゃいけない時期だし、普段はとても忙しいので、今の内に病院に行っておこうと思ったの。
それでさ、その皮膚科に行って、そこの医者と色々話していた。この皮膚科には1年10ヶ月くらい前に来たことがあったの。でも月日が流れたので、医者は私のことを覚えていない様子だった。
医者が初めに私に聞いたことは、これだった。「あんたは1年前と保険の種類が変わっているんだけど、会社辞めたのか。」
なんか関係ないことを聞く人だなぁと思ったんだけど、私は「はい、今はバイトです。」と答えた。


それから私は、今使っている薬の話をした。私は現在抗生物質を使っている。薬が重なるといけないので、今使っている薬について、医者に説明したのだ。医者は普通に、私が何でこんな薬を使っているかを疑問に思ったようだった。


会話の途中、医者は色々な質問をしてきた。診療室は大きな広い部屋で、他の患者さんや看護婦さんが何人かいた。私はあまり聞かれたくなかったので、小声で子宮ガンの手術を受けたことを医者に話した。
すると医者は、私の予期していなかった言葉をはいた。大声で。
「23歳でガンになんかなるはずないだろう。ガンじゃなくてビランじゃないか?」
看護婦さんや他の患者さん達が一斉にこっちを見た。私はドキッとした。それでとても小さな声で答えた。「あ、でも23歳でもガンにはなるみたいなんです。」
すると医者は「今の医者は何でも大げさに言うからなぁ。今時の若いのは病院に行かないから。それにあんた性格きつそうだから、医者もおおげさにガンだって言ったんじゃないか?」
私はすごくビックリした。でもなんか、もめたくなかったので、私は必死に平常心を装って答えた。
「・・・そうかもしれないですね。」
とても悲しくなった。今会ったばかりなのに、私はそんなにきつい性格に見えたんだろうか?私は何か失礼な事を言ったかどうか、必死に思い起こした。しかし何も思い当たらない。
医者はかまわず、質問してきた。
「それでそもそも何で子宮ガンの検診なんか受けたんだ?」
「あ、お腹が痛かったから、検査して、それでひっかかって。」
「お腹が痛いくらいで、普通ガン検診なんて受けるか?23で。なんか他に理由があったんじゃないのか?」
私はとても切なくなった。本当に生理痛がひどくて、それで色々な検査をしたのに。それに私は好きでガンになったんじゃない。それからなんだか悪いことをしたような気持ちになって、みぞおちの辺りがグッとなるのを感じた。それから看護婦さんや他の患者さん達の視線を感じて、すごく恥ずかしかった。
それでも私はその時、「ここで怒っちゃいけない」「ここで泣いちゃいけない」と思ってこらえていた。


診察が終わり、お金を払い、私は母の待つ車に乗った。母はいつもどおりで、私たちは楽しい会話を始めた。
しかし気がゆるんだのか、私は母に医者が失礼な事を話したと言った。怒るのも嫌だったし泣くのも嫌だったので、私は平常心を装っていた。しかし、どうしても悲しいのがこみ上げてきて、私は黙ってしまった。涙がダラダラとこぼれて止まらなくなった。泣いていることを、母に気付かれたくなかった。
母は、私が泣いていることに気付いた。そしてどうしたのかと聞いてきた。
私は涙が止まらなくて、呼吸も苦しくて、皮膚科で起きた出来事を一生懸命母に話した。
その事を話すのもすごく嫌で、悲しかった。「ひょっとしたら私に何か失礼な態度があったんじゃないか。」そう考える自分がとてもみじめで、辛かった。
私は母の前で、子どもの頃以来、初めて号泣した。


今回の件で家族の前でも、友だちの前でも一回も泣いていなかった。皆に余計な心配かけたくないし、治ると信じているし、それに明るくいたかったのだ。それが今回医者の発言によって母の前で号泣してしまって、本当に悔しかった。ダメージが大きすぎて言い返せなかった自分が、嫌だった。


母は車を引き返して、再び皮膚科に向かった。
私が「いいから、本当にいいから」と言うと、「親にできることは、こんな事くらいだから。」と言った。
いつも怒らない母が、すごく怒っていた。
母は私に車で待つように言うと、皮膚科に入っていった。
私は本当に立つことができなかった。体の震えが止まらなかったんだ。


しばらくして母が車に帰ってきた。母は、更に怒っていた。
母が話をしに行くと、医者はまず、「そんなことを親が言いに来るのはおかしい。そんな事は親には関係ない事だ。」と言ったらしい。それから「私は娘さんを元気づけようとして言っただけだ。」と言ったんだとか。母は私が泣いていることを医者に言った。すると医者は、私が帰った後に看護婦さんに発言を注意されていたことを話したらしい。その後に言った言葉がコレだ。「謝るから娘さんをここに連れてきて下さい!」・・・。
そうは言われても私は動くことができないほど泣いていた。当然行けるわけがない。
母は、「少しは人の気持ちを考えて下さい!」と言って帰ってきたのだった。


私はもともと意見はハッキリ言える方なのに、なんでその時言い返すことが出来なかったのか分からない。その時はすごくみじめで、悲しくて、どうしようもなかったんだ。
私が何故今頃になってこんな事を書こうと思ったかというと、それは、やっぱりここで私が泣き寝入りをしてはいけないと思ったからだ。私がこのことを誰にも言わず、そのまま時が過ぎていくとしたら、きっとあの医者はこれからもたくさんの人を傷つける事だろう。そんな事を減らすには、やっぱりその事から目を背けず、しっかり考えることが大切じゃないかと思ったのだ。
私は今度また中傷されたら、絶対に言い返そうと思う。でも、その皮膚科には二度と行く気はない
この日記を読んでくれた人の中で、セクハラだったり、中傷だったりに耐えている人がいたら、それは言う勇気を持とう!(・・でも、それぞれにそれぞれの事情があると思うから、安易には言えないんだけどね。)私はこの先、その勇気を持つよ。
あの医者が本当に私を元気づけようとしてこんな発言をしたかどうかは分からない。でも本当に元気づけようとしたんだとしても、人には言って良いことと悪いことがある。彼は、医者失格である。
私は数年ぶりに怒っている。


母は普段あまり意見を言わないタイプなのだが、今回必死になって話をしてきてくれた。
母に親孝行したいと思った。
それから、言葉には人をすごく落ち込ませる力があると、よく分かった。
私自身、言葉で人を傷つけたりしないように気を付けようと思った。


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